この国別報告書は、OECD雇用見通し2024のデータに基づき、日本の労働市場の状況を概観するとともに、2050年までのネットゼロへの移行がどのように労働市場と労働者の仕事に影響し得るかを考察するものである。
OECD 雇用見通し 2024 国別報告書: 日本

労働市場は引き続き堅調で需給は逼迫している
労働市場は堅調さを保っており、多くの加盟国で雇用は記録的高水準、失業率は記録的低水準となっている。2024年5月時点において、OECD全体の失業率は4.9%であった。大多数の加盟国で男性より女性の就業率が、パンデミック前の水準と比べて上昇している。労働需給の逼迫度合いは緩和しつつあるものの、依然として高い水準で推移している。
日本においては、ここ一年の間、失業と雇用の双方が安定的に推移してきた。2024年5月時点では、失業率は変動せず2.6%のままであり、2025年には2.4%に低下することが見込まれている。高齢者雇用の増分が生産年齢人口の減少を相殺することで、雇用水準は維持されている。男性の就業率は約84%で安定している一方、女性の就業率は過去約20年間上昇し続けており、2024年5月には73.7%に達した。しかし、日本の合計特殊出生率は8年連続で下落し、2023年には1.20という記録的な低水準になった。キャリアと子育ての両立に困難を抱えがちな日本の女性の負担を軽減すべく、一層の政策当局による努力が求められる状態となっている。
ジェンダー・ギャップに関するOECDダッシュボード(OECD Gender Dashboard)によれば、女子のOECD生徒の学習到達度調査(PISA)の点数や大学進学率において、日本は大多数のOECD加盟国を上回る状況にある。しかし、労働市場に参入すると間もなく男女格差が顕在化する。男女の賃金格差はOECD全加盟国中4番目に高く(21.3%)、無償のケア労働や家事労働に充てる時間の格差も極めて大きく、これは日本において女性がケア労働を過度に負担していることの表れである。『女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)2024』では、女性が出産後に非正規雇用に切り替えるケースが少なくないことを重要な問題の一つと挙げている。こうしたことを踏まえ、日本政府は男女の賃金格差を公表する法令上の義務の適用範囲を、常時雇用する労働者が101人以上300人以下の企業にも広げようと現在検討している最中である。
実質賃金は現在上昇しているが依然として失地回復には至っていない
ほとんどのOECD加盟国では、インフレが沈静化していく中で実質賃金が前年比で上昇している。しかし、2019年時点の実質賃金の水準を下回ったままの加盟国は多い。こうした実質賃金の失地回復がいくらか進むなかで、企業利益が人件費増分をある程度吸収し始めている。特に物価・賃金スパイラルの兆候が見られないなか、企業利益が人件費増分を一層吸収する余地が残されている国は多いといえる。
2019年第4四半期から2023年第4四半期にかけて、日本では時間当たり実質賃金が累積で2%下落した(図1)。ロシアによるウクライナに対する侵略戦争と円安によって、2022年4月以降消費者物価総合指数の上昇率は2%を超える水準に達した。こうした中で、一人当たり実質賃金は2024年4月までの時点で25か月連続で下落している。
今年の春闘には例年に無い勢いがあった。労働組合連合総会(連合)によれば賃上げ率は3.6%から約5%となった。春闘の結果は8月までに徐々に反映されていくとみられる。物価上昇の影響を緩和するため、日本政府は一人当たり4万円の新たな定額減税を6月から導入する。また、今年5月に一度終了している電気・ガス料金に係る補助金を、8月から10月まで実質的に再開する予定である。総じて、物価上昇の圧力は引き続き名目賃金の伸びを押し下げるとみられる。
日本では物価・賃金スパイラルの兆候はあまり見られない。国内物価上昇率を示すGDPデフレーターは、2024年第1四半期に前年同期比で3.4%上昇したが、このうち1.6%が雇用者報酬による寄与分(いわゆる単位労働コスト)で、残りの1.8%は単位利益の上昇によるものである。2023年第1四半期以来、単位労働コストの国内物価上昇への寄与度は限定的なものに留まっている。これは、平均的に見れば日本の企業が物価上昇を追い越すペースで対応できていた一方で、労働者に支払われる報酬は国内物価の上昇スピードと同等の水準では増加しなかったことを示唆するものである。
公正取引委員会の特別調査によって労働コストの増加を理由とした価格交渉に困難を抱えている企業が相当数存在することが明らかになり、公正取引委員会は労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関するガイドラインを作成した。中小企業が人件費の上昇と利益圧縮の間の板挟みにあって苦労していることはよく知られているため、こうした取り組みは中小企業が適正な水準の利益を得ながら賃上げを行う余力を得るに当たって重要である。
図1. 実質賃金が依然として2019年の水準を下回っている加盟国が大部分を占める

注記: * カナダ、日本、韓国及びメキシコについては、年間変化率は2022年第4四半期から2023年第4四半期まで、累積変化率は2019年第4四半期から2023年第4四半期までのもの。図上のOECDは、OECD35か国(チリ、コロンビア及びトルコを除く)の平均である。
出所: OECD Employment Outlook 2024, Chapter 1.
気候変動緩和のための取り組みによってかなりの労働移動が発生する見込みである
OECD加盟国が着手している野心的なネットゼロへの移行の取り組みによって、雇用全体が大きく影響を受けることはないと見込まれている。しかし、仕事によっては消えるものもあり、新たに生じる雇用機会もあり、既にある仕事でも職務内容が変容していくものも多いだろう。温室効果ガスの排出削減に直接的に貢献しないものの、グリーン化の取り組みを下支えすることから需要が高まり得る仕事を含めると、OECD加盟国では就業人口の20%がグリーン主導型の職業で雇用されている。逆に、温室効果ガス集約度の高い職業に就いているのは、就業人口の約7%程度である。
日本ではグリーン主導型職業の就業人口に占める割合はOECDの加盟国の平均よりも高い一方、温室効果ガス集約度の高い職業の占める割合は平均以下である。これは、日本ではグリーン主導型職業に関連するスキルの需要が潜在的に高いことと、温室効果ガス集約度の高い職業の代替に伴うコストが低いことを示唆するものである。実際に、2015年から2019年までの期間で平均して全体の雇用のうち21.9%がグリーン主導型職業、4.7%が温室効果ガス集約度の高い職業に分類されている(図2)。さらに、日本では男性が女性よりもグリーン主導型職業で勤務する傾向にある。
グリーン・トランスフォメーション(GX)は政策当局から一層注目をあびている。『経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2024』は、今後10年で150兆円超のGX投資を推進すること及びそのためのGX国家戦略を2024年度中を目途に策定することへのコミットメントを強調している。また、2026年度に排出量取引制度の本格稼働が、2028年度に化石燃料賦課金の導入が見込まれている。
グリーン化のための政策と労働市場・人材開発政策の省庁を跨いだ連携には改善の余地がある。例えば、地方自治体、地元企業、地域金融機関及び大学を対象とした脱炭素化に関する研修プログラムは複数存在しており、これらは各省庁(環境省、総務省、経済産業省及び文部科学省など)が個別に運営している。こうした人材開発の案件は、個別で見ればそれぞれ目的に適ったものかもしれない。しかし、横断的な協働をさらに向上させつつ個別の案件を統合的に高次元の目標(2050年までのカーボンニュートラルの実現など)に紐づけることが出来れば、目標とする結果や中間目標に対しより適切に位置付けることが可能になるだろう。2022年に厚生労働省によって設置された中央及び地域職業能力開発促進協議会は、グリーン化のために必要なスキルに関する議論を人材開発政策の立案と評価のために実施する端緒になり得る。
図2. 労働者の5人に1人はグリーン主導型職種で働いている
就業人口における比率、2015年から2019年までの平均値

出所: OECD Employment Outlook 2024, Chapter 2, Figure 2.3.
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